楽しいかえうた 大黒マキで「ららら」
懐かしい臭いがした
アナルの花時計
えー掴みは上々といったところでしょうかね。
過日。友人たちと飲んでいるときに、「どっからが浮気やねん?」という議論になった。
それに因んで今日は浮気は善か悪かを置いておいて、浮気について持論をぶちかましたい、そういう気概。
浮気の話になると、「浮気っていうのは、キッスからが浮気だよ。」などと行為によって浮気を規定しようとする輩がいるが、それはちょっとちゃうんじゃないの、と思わずにはいられない。
というのも浮気をどこから浮気かと論じるのは、そんなもん人によって違うやんけ!ってなことになりかねないからだ。
例えば、僕なんかはキスをしたらそりゃもうコレ、浮気に決まってる!と思ってしまうシャイボーヤ(boy)なんですが、、
ラテン系の方々にとってキッスは挨拶程度のもので、
僕が「ロクシーナ、キスってのは好きな人とするもんだから、他の男性とはしないようにしなさい。」と言ったところで
「えー、そんな無茶なこといわんでやー。キスなんて挨拶やって!」
と言われてしまえば、
こちとら彼女は別に「浮気」をしているわけではないので、殊更に咎めることは出来ない。
つまり価値観が違えば、行為一つとっても様々な解釈が生まれるわけですね。
だから中には恋人がいるのに、他の女のオマンヌというオマンヌに陰棒を突き刺し、出したり入れたりしている人が居たとして、それは必しも恋人とのファックに飽きたわけではなくて、そして恋人が嫌いになったわけでもなくて、むしろ好きなのかもしれないし、つまりは行為だけをとって、ここからが浮気だね、と断じるのは極めてアホらしい、ということだ。
そんなのはその人の心、ハートに直接訊いてみなければ分からない問題だから。
だから恋人がいて、恋人に、
「ここからが浮気だから、君は決してここから先(キスから先とか。)はしてはいけない」
と言うのはエゴである。人の心を自分の思うがままに支配しようとするその姿勢たるや、エゴ以外のなにものでもない、そう思いますよね、当然。
でも人間っつーのは哀しい生き物で、自分が浮気だな、コレは、と思ったことを恋人にしてほしくない。
だから醜いエゴで「ルール」をつくったりする。そのルールってのは例えば
「アタイ以外の異性とメールするのは仕事以外許されない。」とか、まぁそういうものだ。
互いにそれで安心、納得し
「よし、これでいやな思いをしなくていいぞ。一件落着。」と思えればそれに越したことはないが、実情はそんなことなくて、
「なんでやねん、メールするくらいええやんけ、むかつくわぁ。」
と納得しないことも多いのではないだろうか。
それもこれも互いにエゴを遺憾なく発揮し、自分のいやなことは全く持ってこの世から消えてなくなればいい、雲散霧消すればいい、と何の疑いも無く信じているからだ。
その信念の背景に、
「恋人なんだからそんくらいのことは我慢しろよ、恋人ってったらやっぱり自分をある程度捨てねばならんよね、相手のために。それによって互いにlovelove愛してるな関係になれるわけ、わかったら携帯みせろや、男からメールきてないかチェックしたる。」に代表される「恋人だから。」という概念がある。
この考え方の裏には前述したように、恋人だから、俺のために何かを犠牲にすべき、という考え方がある。
だがそれは全く持っておかしな考え方であって、恋人になろうがなんだろうが、自分は自分で変わることはなにもないからね。
だから僕は恋人が他の人とキッスしてたらイヤーンって思って注意はするが、決して他の男とキッスすんな!って叱ったり、ルールを作成する、なんてこともしない。そんなことしていやな思いをするのは結局相手で、自分の満足のために相手にいやな思いをさせるってーのはちょっと違うよね、と思うわけですね。
で、これが浮気とどう繋がるかってーと、くどいようですが自分の恋人が浮気している、ということを認識する手段として行為をみるのは間違ってるってことです。
浮気ってのは文字通り「気」の問題で、表面の体、肉体をみてそれを判断するのは困難・至極困難なんですね。
でも自分たち人間にその「気」の動きを見られるか、といえばそれはスタンド使いでもないかぎり無理で、まず凡人の僕にはできません。
でも、その行為を見たり聞いたりした後、
「昨日変な噂をきいたんだ。マキ。それはね、君は僕と交際しているにも関わらず、僕には決してさせてくれなかったアナルゼックスをA君と楽しんだ、という噂なんだ、懐かしい臭いがした、ということも聞いたのだけれども、これは事実なの?事実だとしたら、なぜ懐かしい臭いがしたの?もしくは僕に気がなくなったの?」
と恋人に尋ねることができる。その対応によってこいつはぁ気が浮いてるな、と判断できるなら浮気だと判断してもよいね。
そこで初めて浮気だと認識できるわけです。つまり、行為だけをみるのではなくて、その後尋ねた時の態度・アティチュード、それをきちんこと加味した上で浮気かどうか判断するのが賢明だ、と言えるわけですネ。
ちゅーことでおわり。
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懐かしい臭いがした
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えー掴みは上々といったところでしょうかね。
過日。友人たちと飲んでいるときに、「どっからが浮気やねん?」という議論になった。
それに因んで今日は浮気は善か悪かを置いておいて、浮気について持論をぶちかましたい、そういう気概。
浮気の話になると、「浮気っていうのは、キッスからが浮気だよ。」などと行為によって浮気を規定しようとする輩がいるが、それはちょっとちゃうんじゃないの、と思わずにはいられない。
というのも浮気をどこから浮気かと論じるのは、そんなもん人によって違うやんけ!ってなことになりかねないからだ。
例えば、僕なんかはキスをしたらそりゃもうコレ、浮気に決まってる!と思ってしまうシャイボーヤ(boy)なんですが、、
ラテン系の方々にとってキッスは挨拶程度のもので、
僕が「ロクシーナ、キスってのは好きな人とするもんだから、他の男性とはしないようにしなさい。」と言ったところで
「えー、そんな無茶なこといわんでやー。キスなんて挨拶やって!」
と言われてしまえば、
こちとら彼女は別に「浮気」をしているわけではないので、殊更に咎めることは出来ない。
つまり価値観が違えば、行為一つとっても様々な解釈が生まれるわけですね。
だから中には恋人がいるのに、他の女のオマンヌというオマンヌに陰棒を突き刺し、出したり入れたりしている人が居たとして、それは必しも恋人とのファックに飽きたわけではなくて、そして恋人が嫌いになったわけでもなくて、むしろ好きなのかもしれないし、つまりは行為だけをとって、ここからが浮気だね、と断じるのは極めてアホらしい、ということだ。
そんなのはその人の心、ハートに直接訊いてみなければ分からない問題だから。
だから恋人がいて、恋人に、
「ここからが浮気だから、君は決してここから先(キスから先とか。)はしてはいけない」
と言うのはエゴである。人の心を自分の思うがままに支配しようとするその姿勢たるや、エゴ以外のなにものでもない、そう思いますよね、当然。
でも人間っつーのは哀しい生き物で、自分が浮気だな、コレは、と思ったことを恋人にしてほしくない。
だから醜いエゴで「ルール」をつくったりする。そのルールってのは例えば
「アタイ以外の異性とメールするのは仕事以外許されない。」とか、まぁそういうものだ。
互いにそれで安心、納得し
「よし、これでいやな思いをしなくていいぞ。一件落着。」と思えればそれに越したことはないが、実情はそんなことなくて、
「なんでやねん、メールするくらいええやんけ、むかつくわぁ。」
と納得しないことも多いのではないだろうか。
それもこれも互いにエゴを遺憾なく発揮し、自分のいやなことは全く持ってこの世から消えてなくなればいい、雲散霧消すればいい、と何の疑いも無く信じているからだ。
その信念の背景に、
「恋人なんだからそんくらいのことは我慢しろよ、恋人ってったらやっぱり自分をある程度捨てねばならんよね、相手のために。それによって互いにlovelove愛してるな関係になれるわけ、わかったら携帯みせろや、男からメールきてないかチェックしたる。」に代表される「恋人だから。」という概念がある。
この考え方の裏には前述したように、恋人だから、俺のために何かを犠牲にすべき、という考え方がある。
だがそれは全く持っておかしな考え方であって、恋人になろうがなんだろうが、自分は自分で変わることはなにもないからね。
だから僕は恋人が他の人とキッスしてたらイヤーンって思って注意はするが、決して他の男とキッスすんな!って叱ったり、ルールを作成する、なんてこともしない。そんなことしていやな思いをするのは結局相手で、自分の満足のために相手にいやな思いをさせるってーのはちょっと違うよね、と思うわけですね。
で、これが浮気とどう繋がるかってーと、くどいようですが自分の恋人が浮気している、ということを認識する手段として行為をみるのは間違ってるってことです。
浮気ってのは文字通り「気」の問題で、表面の体、肉体をみてそれを判断するのは困難・至極困難なんですね。
でも自分たち人間にその「気」の動きを見られるか、といえばそれはスタンド使いでもないかぎり無理で、まず凡人の僕にはできません。
でも、その行為を見たり聞いたりした後、
「昨日変な噂をきいたんだ。マキ。それはね、君は僕と交際しているにも関わらず、僕には決してさせてくれなかったアナルゼックスをA君と楽しんだ、という噂なんだ、懐かしい臭いがした、ということも聞いたのだけれども、これは事実なの?事実だとしたら、なぜ懐かしい臭いがしたの?もしくは僕に気がなくなったの?」
と恋人に尋ねることができる。その対応によってこいつはぁ気が浮いてるな、と判断できるなら浮気だと判断してもよいね。
そこで初めて浮気だと認識できるわけです。つまり、行為だけをみるのではなくて、その後尋ねた時の態度・アティチュード、それをきちんこと加味した上で浮気かどうか判断するのが賢明だ、と言えるわけですネ。
ちゅーことでおわり。
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