バレンタインスペシャル
2007年2月10日 恋愛 コメント (3)「二月半ばの国民的行事と言えばなんでしょうか?」
と街行く人々に突撃インタビューをしたら、
きっと異口同音にしてこう発言するはずである。
「バレンタインだと思います。」
日本国民がチョコを貰うだあげるだ昂奮を隠し切れない日。
それが聖バレンタインデイ。(これは完全に余談なのだが、バレンタインという響きと、ヴァギナという響きは非常によく似ていることをここで指摘しておこう。)
今日はどう逆立ちしても親からしかチョコを貰う事が出来そうにない、哀しいなあ、と嘆きのルサンマチンを抱えている人にむけて、ちょっとしたバレンタイン攻略法を伝授する。
特に人との関わりのないニート、もしくは長期休暇中の大学生でバイトもしておらず、サークルにも入っていない、趣味はアニメ鑑賞とエロゲとオナニーといった所謂オタクの方も必見の内容である。
以下攻略法を明記する。
●可愛い店員のいる店でバレンタイン用のチョコを自ら購入する
チョコを貰えない、その悲しみは日本海の深さとよくにている。
完全な孤独。
誰からも愛の証を享受できない哀しさに耐えかね、
切なる慟哭をあげても、聞こえてくるのは自らの侘しい喚き声だけ。
肝心なのは、美しい女性からチョコを貰う事だ。
誰でもいい。だが母親は駄目だ。なぜならときめかないから。
ここで私は提案する。
ときめく相手からチョコを貰えば、それでいい。充分なのではないか…と。
無論、貰えないからこそ、君たちは嘆く。悲しむ。鬱になる。
発想を転換すればいい。
貰えないなら、強制的に貰っちゃえばいいのだ!
当然、タダでチョコをくれるお人よしなんてこの世知辛い世の中、いるはずがない。
だったら資本主義の原理原則に忠実に従い、金で貰っちゃえばいい!
その方法は簡単だ。
君にもよく行くコンビニ、もしくはスーパーがあるはずだ。
そこで可愛い店員を発見することも、しばしばあると思う。
聖戦の日、
つまりバレンタインデイに君は好みのコのレジへ並ぶといいのである。
(もし不幸な事にそのような可愛い店員が君の近くにいないのならば、勇気を出して電車に乗って三越とか東急ハンズとかそういった巨大な店に赴くことを勧める。
なぜなら大型店舗には基本的に店員が多く、つまり美しい女性がいる可能性が大なのである。)
君はそのコから貰いたいなあ、と心底思うようなチョコをレジにもって行けばいい。
そしてレジに並び、イザッ自分の支払いの時になったらこう言うといい。
「包装、お願いできますか。」
なぜこのような事を言うか?
話しは単純である。
その方が長くその女性店員との時を共有できるからである。
あたふたとチョコをカラフルな、例えばファンキーなピンク色の包装紙で包んでいる様子をみたら、きっと君はこう思うだろう。
「僕だけのためにチョコが包まれてる!嬉しい!すごく嬉しい!」
そして受け取りの時、
間違ってもビニール袋なんかに入れてもらっては駄目だ。
雰囲気がぶち壊しになる。
「ありがとうございます」と微笑を湛えながらしっかりと店員の目を眺めつつ発声し、
かつ両手でキレイに包装されたチョコを受けとれば、
バレンタイン気分は最高潮に満たされ、ウキウキは約束されたも同然。
君はバレンタインデイに好みのコからチョコを「受け取った」ことが確約されたわけだ。
どうだろう、とても素晴らしい事だとは思わないだろうか。
だがメリットはこれだけじゃあ終わらない。
店から自宅までの帰り道も楽しみである。
両手で胸に抱えたドキドキのバレンタインチョコ。
道行く人々の視線に優越感を感じながら、また店員の美しい顔立ちを思い出してホンワカした気分になりながら、
君は颯爽と歩道を闊歩するわけだ。
考えただけでも、わくわくしないだろうか。僕はする!
帰ってからも楽しみである。
包装紙(可愛い店員の指紋がベタベタついていることをきちんと認識しつつ)を丁寧に剥がし、
チョコを口に含む。
口溶けに甘えながら、
ほのかに感じるカカオに恋の苦さを噛み閉めて、
loveという名のパラダイスに溺れる。そんな一日もあっていい。
どうだろうか。
このプランを実行すれば、君の孤独も癒され、きっと人生の進行上、何の問題もないバレンタインとなるであろう。実行に期待する。
http://blog.with2.net/link.php?373700
↑
人気ブログランキング。
押していただければ著者として望外の喜びである。
と街行く人々に突撃インタビューをしたら、
きっと異口同音にしてこう発言するはずである。
「バレンタインだと思います。」
日本国民がチョコを貰うだあげるだ昂奮を隠し切れない日。
それが聖バレンタインデイ。(これは完全に余談なのだが、バレンタインという響きと、ヴァギナという響きは非常によく似ていることをここで指摘しておこう。)
今日はどう逆立ちしても親からしかチョコを貰う事が出来そうにない、哀しいなあ、と嘆きのルサンマチンを抱えている人にむけて、ちょっとしたバレンタイン攻略法を伝授する。
特に人との関わりのないニート、もしくは長期休暇中の大学生でバイトもしておらず、サークルにも入っていない、趣味はアニメ鑑賞とエロゲとオナニーといった所謂オタクの方も必見の内容である。
以下攻略法を明記する。
●可愛い店員のいる店でバレンタイン用のチョコを自ら購入する
チョコを貰えない、その悲しみは日本海の深さとよくにている。
完全な孤独。
誰からも愛の証を享受できない哀しさに耐えかね、
切なる慟哭をあげても、聞こえてくるのは自らの侘しい喚き声だけ。
肝心なのは、美しい女性からチョコを貰う事だ。
誰でもいい。だが母親は駄目だ。なぜならときめかないから。
ここで私は提案する。
ときめく相手からチョコを貰えば、それでいい。充分なのではないか…と。
無論、貰えないからこそ、君たちは嘆く。悲しむ。鬱になる。
発想を転換すればいい。
貰えないなら、強制的に貰っちゃえばいいのだ!
当然、タダでチョコをくれるお人よしなんてこの世知辛い世の中、いるはずがない。
だったら資本主義の原理原則に忠実に従い、金で貰っちゃえばいい!
その方法は簡単だ。
君にもよく行くコンビニ、もしくはスーパーがあるはずだ。
そこで可愛い店員を発見することも、しばしばあると思う。
聖戦の日、
つまりバレンタインデイに君は好みのコのレジへ並ぶといいのである。
(もし不幸な事にそのような可愛い店員が君の近くにいないのならば、勇気を出して電車に乗って三越とか東急ハンズとかそういった巨大な店に赴くことを勧める。
なぜなら大型店舗には基本的に店員が多く、つまり美しい女性がいる可能性が大なのである。)
君はそのコから貰いたいなあ、と心底思うようなチョコをレジにもって行けばいい。
そしてレジに並び、イザッ自分の支払いの時になったらこう言うといい。
「包装、お願いできますか。」
なぜこのような事を言うか?
話しは単純である。
その方が長くその女性店員との時を共有できるからである。
あたふたとチョコをカラフルな、例えばファンキーなピンク色の包装紙で包んでいる様子をみたら、きっと君はこう思うだろう。
「僕だけのためにチョコが包まれてる!嬉しい!すごく嬉しい!」
そして受け取りの時、
間違ってもビニール袋なんかに入れてもらっては駄目だ。
雰囲気がぶち壊しになる。
「ありがとうございます」と微笑を湛えながらしっかりと店員の目を眺めつつ発声し、
かつ両手でキレイに包装されたチョコを受けとれば、
バレンタイン気分は最高潮に満たされ、ウキウキは約束されたも同然。
君はバレンタインデイに好みのコからチョコを「受け取った」ことが確約されたわけだ。
どうだろう、とても素晴らしい事だとは思わないだろうか。
だがメリットはこれだけじゃあ終わらない。
店から自宅までの帰り道も楽しみである。
両手で胸に抱えたドキドキのバレンタインチョコ。
道行く人々の視線に優越感を感じながら、また店員の美しい顔立ちを思い出してホンワカした気分になりながら、
君は颯爽と歩道を闊歩するわけだ。
考えただけでも、わくわくしないだろうか。僕はする!
帰ってからも楽しみである。
包装紙(可愛い店員の指紋がベタベタついていることをきちんと認識しつつ)を丁寧に剥がし、
チョコを口に含む。
口溶けに甘えながら、
ほのかに感じるカカオに恋の苦さを噛み閉めて、
loveという名のパラダイスに溺れる。そんな一日もあっていい。
どうだろうか。
このプランを実行すれば、君の孤独も癒され、きっと人生の進行上、何の問題もないバレンタインとなるであろう。実行に期待する。
http://blog.with2.net/link.php?373700
↑
人気ブログランキング。
押していただければ著者として望外の喜びである。
コメント
↑もろ私ではないか。しかしこうして文字にしてみると
キモイな、客観的に、常識的に考えて。。。
でも俺は自分が大好き!オナニーも大好き!2次元がすき!
僕もそんな君が大好きさ!アッー!
春都氏>
うは!嬉しいっす!サーセン!