1>就職活動をはじめた。
リクナビに登録して就職セミナーに行って、スーツやら鞄やらネクタイやらを揃えて、気になる業界の本を読んで、友人と就職の意義やら何やらを語りあい、士気を高める。
人間いずれは働かねばならないのだから、早めに準備しておくに越した事はない。日本には働く事に対するアナウンスメントが決定的に欠如していて、その風潮に流されて「どこでもいいや、金がもらえれば」と考えてしまいがちだが、働くという事はもっと精神的な事だと僕は思う。
2>スト3
ゲーセンで闘うも、勝てず。今日は5回ほど(違う人に)乱入したが全敗した。みんなヒット確認もほぼ完璧だし、コンボの入力ミス
もほとんどないし、立ち回りも威圧的でつけいる隙を見せない。
一方の僕はリュウを使っていて、真昇龍拳の一撃を叩きこむチャンスを窺いつつ基本的にはダッシュ投げ、大足払い、中足竜巻、灼熱でダウンを奪い起き攻めN択で迫る、ものすごい基本的な立ち回り。しかしコンボの入力ミスも多く、チャンスはあっという間に水泡。気付いてたら画面端で頓死しているケースが多かった。
ただ幻影ユン戦で一度劇的な真昇龍フィニッシュを決められたのが未だに快感で仕方ない。こういうのがあるから3rdは負けてもおもしろい。よくできたゲームなので、やったことのない人は一度お試しください。
3>オナホ物語
小説を書くのは物凄く疲れるし、体力を消耗する。2千時ほど集中して一気に書くのだが、書き終わった後とんでもない疲労が体中を支配している事にきづく。小説家は体力がないとなれない職業なのだと思う。
オナホ物語の構想はあと3話分ほどあるが、それから先が浮かばない。浮かび次第、書きたい。
ほとんどプロットもなく気分だけで書き始めたのだが、この小説は個人的に思うものがあるので需要がなくても書き続けていきたい。
4>ごっつええ感じ
今更だが、あの番組は間違いなく化物番組である。十年たっても色褪せずに笑えるコントを毎週テレビでできたってのはどう考えても異常。本当に才能があって、お笑いが好きな人が集まってできた奇跡的な番組だったと思う。
5>頭の良さと言語
言語が思考を規定する、という話をきいた事がある。
簡単に言うと、日本語を話す日本人と、英語を話すイギリス人とでは思考が違ってくるらしいのだ。
ここらへんは未確認情報なので各自裏を取って欲しいのだが、仮にこの説が本当だとするに、日本語を操る我々のなかでも、「日本語をたくさん知っている人」と「あんまり日本語を知らない人」とでは思考が違ってくるのではないか?という仮説が生まれる。
そして違う側面から考えて「日本語をよく使う人」と「日本語をあまり使わない人」とでも思考が変わってくる、といえるのかも知れない。これはどういうことかというと、例えばだが「日常会話と日本語を書く作業を両立している人」と「日常会話くらいしかしない人」とでも分けられるかもしれない。当たり前だが日常生活で使う言葉と文面に綴る言葉は違う。口語と文語は違う、ということだ。
その言語を操るためのパーツ(単語)数が多ければ多いほど、当たり前だが思考はクリアになるだろう。そして世間一般ではクリアであればあるほど頭がよろしい、とされる。(もちろん、頭の良さを構成する幾つもある要素の一つの要素でしかない事に注意しなければならないが。)
そう考えるなら頭の良さ、というのは先天的なものだけに規定されるものとばかり思いがちだが、生きていく過程においてまだまだ頭脳というのは明晰になっていく可能性がある、ということになる。
人間の頭脳と言語の関係は実に興味深いなあ、というお話でした。おわり。
人気ブログランキング(クリックすると投票できます。)
http://blog.with2.net/link.php?373700
リクナビに登録して就職セミナーに行って、スーツやら鞄やらネクタイやらを揃えて、気になる業界の本を読んで、友人と就職の意義やら何やらを語りあい、士気を高める。
人間いずれは働かねばならないのだから、早めに準備しておくに越した事はない。日本には働く事に対するアナウンスメントが決定的に欠如していて、その風潮に流されて「どこでもいいや、金がもらえれば」と考えてしまいがちだが、働くという事はもっと精神的な事だと僕は思う。
2>スト3
ゲーセンで闘うも、勝てず。今日は5回ほど(違う人に)乱入したが全敗した。みんなヒット確認もほぼ完璧だし、コンボの入力ミス
もほとんどないし、立ち回りも威圧的でつけいる隙を見せない。
一方の僕はリュウを使っていて、真昇龍拳の一撃を叩きこむチャンスを窺いつつ基本的にはダッシュ投げ、大足払い、中足竜巻、灼熱でダウンを奪い起き攻めN択で迫る、ものすごい基本的な立ち回り。しかしコンボの入力ミスも多く、チャンスはあっという間に水泡。気付いてたら画面端で頓死しているケースが多かった。
ただ幻影ユン戦で一度劇的な真昇龍フィニッシュを決められたのが未だに快感で仕方ない。こういうのがあるから3rdは負けてもおもしろい。よくできたゲームなので、やったことのない人は一度お試しください。
3>オナホ物語
小説を書くのは物凄く疲れるし、体力を消耗する。2千時ほど集中して一気に書くのだが、書き終わった後とんでもない疲労が体中を支配している事にきづく。小説家は体力がないとなれない職業なのだと思う。
オナホ物語の構想はあと3話分ほどあるが、それから先が浮かばない。浮かび次第、書きたい。
ほとんどプロットもなく気分だけで書き始めたのだが、この小説は個人的に思うものがあるので需要がなくても書き続けていきたい。
4>ごっつええ感じ
今更だが、あの番組は間違いなく化物番組である。十年たっても色褪せずに笑えるコントを毎週テレビでできたってのはどう考えても異常。本当に才能があって、お笑いが好きな人が集まってできた奇跡的な番組だったと思う。
5>頭の良さと言語
言語が思考を規定する、という話をきいた事がある。
簡単に言うと、日本語を話す日本人と、英語を話すイギリス人とでは思考が違ってくるらしいのだ。
ここらへんは未確認情報なので各自裏を取って欲しいのだが、仮にこの説が本当だとするに、日本語を操る我々のなかでも、「日本語をたくさん知っている人」と「あんまり日本語を知らない人」とでは思考が違ってくるのではないか?という仮説が生まれる。
そして違う側面から考えて「日本語をよく使う人」と「日本語をあまり使わない人」とでも思考が変わってくる、といえるのかも知れない。これはどういうことかというと、例えばだが「日常会話と日本語を書く作業を両立している人」と「日常会話くらいしかしない人」とでも分けられるかもしれない。当たり前だが日常生活で使う言葉と文面に綴る言葉は違う。口語と文語は違う、ということだ。
その言語を操るためのパーツ(単語)数が多ければ多いほど、当たり前だが思考はクリアになるだろう。そして世間一般ではクリアであればあるほど頭がよろしい、とされる。(もちろん、頭の良さを構成する幾つもある要素の一つの要素でしかない事に注意しなければならないが。)
そう考えるなら頭の良さ、というのは先天的なものだけに規定されるものとばかり思いがちだが、生きていく過程においてまだまだ頭脳というのは明晰になっていく可能性がある、ということになる。
人間の頭脳と言語の関係は実に興味深いなあ、というお話でした。おわり。
人気ブログランキング(クリックすると投票できます。)
http://blog.with2.net/link.php?373700
コメント
しっかし働きたくないでござる!
そう思えるうちは幸せなんだろうなあ、とも思う。