例えばそれは学校のチャイムのように、定刻になると鳴き始める鳩の掛け時計のように、あるいは冷たく研がれた日本刀のように、明確な境目があるべきだと、Lは言う。

電車が暮と夜を結ぶ。僕は隣に立つLの方を向かずに、吊革に摑まり、ぼんやりと、澱んだ東京の景色を眺めていた。これ以上無理と言うほどに水分を蓄えた黒い雲からは、今にも雨粒が零れ落ちてきそうだった。そのアンバランスで不確実な景色が俺は少し好きだったりするのだけど、いくらLに言っても理解してくれない。

Lは言う。
「きび団子を持ってない桃太郎のようなもんだ。話にならない」

電車が渋谷駅に到着し、乗客がパラパラと下車し始める。
Lは満足気に腰を下ろし、本を広げる。

細く伸びた水滴が窓に付着している。耐えきれなくなって、一番初めに手を離して落ちてきてしまいました、というような情けない雨粒だった。

駅員のアナウンスが聞こえる。不快な雑音だが、少なくともこの日本では不可欠なものと考えられている。駅員のアナウンスは、数度繰り返される。執拗とも思えるほどに。

僕は駅員のアナウンスの件をLに伝えようかと思ったがやめた。
ユーモアを交えて愚痴くさくならないようにもできたが、それでもやめた。

別にLと話をしたくないわけではない。
そうではなくて、「話にならないことも、話になるかもしれない」ということの方が伝えるべき情報としては面白みがあると思ったからだ。でもその時の僕は、それをうまく伝えるにはどう言えばいいのか分からなかったし、Lは小難しい本を読んでるし、伝える意思が縮こまってしまった。




いい加減に雨脚は強まってきたようだ。
関東圏上空には暫く雨雲が停留するらしい。




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