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貼ってみる。懐かしいわ。映画のレビュー書きまくってたとき、1日3記事位書いてたときがあったんだけど、そん時の日記。
当時はタバコ吸ってた。昔住んでたマンションのベランダで、よく徹夜して朝焼け見ながらタバコ吸ってたんだけど、あれだけは気持ちよかった。まいいや。時間あったら読んでみてください。
何やらいろんな方面から「このブログはいつから映画レビューサイトになったの?わたし映画とか全然興味ないんですけど」とか言う声が聞こえて内心うんざりしてたんだけど最近はとみにその音量を上げてこられたのでこっちは耳はいい加減キンキンしてきたし近隣に騒音被害が拡大しているとの噂も聞いたので、この際、この場で私のスタンスを述べさせていただきますが、その前に3週間くらい前の早朝の出来事についてお話しさせていただきたく思います。
それはいつもどおり気だるいまどろみの朝だったのですが、いつもと違うのはその日、俺はいつになくローなテンションで、起きがけから「ああ、今日も目が覚めてしまったか」などと思う始末。これはいかんですよー、最悪の朝ですよー、と思ってベランダで朝日を浴びながら煙草を吸い、缶コーヒーを飲んでリフレッシュしていたのだけれど全然俺は死ねるくらいの気持ちはあって、これはいかんですよー、もっと元気出していかんとだめですよー、と思って最終的に友人から借りてあったゴダールの気狂いピエロを観るに至ったのだけど、それを観終わった後、なぜか知らないけど気分が楽になったことをよく覚えている。生きる活力が湧いてきたわけでもなくて、人生に希望を見出したわけでもなくて、自分の能力に自信がついたわけでももちろんない。
楽になった、その一点だった。別にこの映画を観なくても俺は絶対に自殺なんかしてなかったし、ましてや気狂いピエロを観たら必ず自殺する人が思いとどまるなんてことは言わないが、少なくとも言えるのは映画には人間の抑圧された感情を引き出す力があることだ。
以来、俺にとってゴダールは特別な監督になってしまったのだがそれはここでは関係がないから脇に置いておく。
俺が映画中毒になったのはゴダールに限定せずとも映画そのものにも上述した理由により非常な興味を覚えるようになったからである。
そういう意味で俺が映画のことばかりブログに書くのはしごく当然である。というのもスペシャルなことを記録したい、という願いはやはり抑えが利かないものであって然るべきであるからだ。
そしてなによりも、俺が映画を撮りたいと強烈に思っていることも確かな理由の一つだろう。映画の構想は練りに練っている最中なのだけど、ちょっとだけネタばらしすると「ふんころがしが糞ではなくてみたらし団子を転がしたらどうなるか」というテーマ。これはとても深淵なテーマなのでここでは書ききれないし、そもそも文字で表現できないから映画で表現するのだから書ききれなくて当然なのだが、まあ、それはいいだろう。
いつか場末の映画館でひっそり上映したいと思っている。そういうことで、俺が映画監督の夢を捨てるまで、延々とレビューは続くことになるだろう。
当時はタバコ吸ってた。昔住んでたマンションのベランダで、よく徹夜して朝焼け見ながらタバコ吸ってたんだけど、あれだけは気持ちよかった。まいいや。時間あったら読んでみてください。
何やらいろんな方面から「このブログはいつから映画レビューサイトになったの?わたし映画とか全然興味ないんですけど」とか言う声が聞こえて内心うんざりしてたんだけど最近はとみにその音量を上げてこられたのでこっちは耳はいい加減キンキンしてきたし近隣に騒音被害が拡大しているとの噂も聞いたので、この際、この場で私のスタンスを述べさせていただきますが、その前に3週間くらい前の早朝の出来事についてお話しさせていただきたく思います。
それはいつもどおり気だるいまどろみの朝だったのですが、いつもと違うのはその日、俺はいつになくローなテンションで、起きがけから「ああ、今日も目が覚めてしまったか」などと思う始末。これはいかんですよー、最悪の朝ですよー、と思ってベランダで朝日を浴びながら煙草を吸い、缶コーヒーを飲んでリフレッシュしていたのだけれど全然俺は死ねるくらいの気持ちはあって、これはいかんですよー、もっと元気出していかんとだめですよー、と思って最終的に友人から借りてあったゴダールの気狂いピエロを観るに至ったのだけど、それを観終わった後、なぜか知らないけど気分が楽になったことをよく覚えている。生きる活力が湧いてきたわけでもなくて、人生に希望を見出したわけでもなくて、自分の能力に自信がついたわけでももちろんない。
楽になった、その一点だった。別にこの映画を観なくても俺は絶対に自殺なんかしてなかったし、ましてや気狂いピエロを観たら必ず自殺する人が思いとどまるなんてことは言わないが、少なくとも言えるのは映画には人間の抑圧された感情を引き出す力があることだ。
以来、俺にとってゴダールは特別な監督になってしまったのだがそれはここでは関係がないから脇に置いておく。
俺が映画中毒になったのはゴダールに限定せずとも映画そのものにも上述した理由により非常な興味を覚えるようになったからである。
そういう意味で俺が映画のことばかりブログに書くのはしごく当然である。というのもスペシャルなことを記録したい、という願いはやはり抑えが利かないものであって然るべきであるからだ。
そしてなによりも、俺が映画を撮りたいと強烈に思っていることも確かな理由の一つだろう。映画の構想は練りに練っている最中なのだけど、ちょっとだけネタばらしすると「ふんころがしが糞ではなくてみたらし団子を転がしたらどうなるか」というテーマ。これはとても深淵なテーマなのでここでは書ききれないし、そもそも文字で表現できないから映画で表現するのだから書ききれなくて当然なのだが、まあ、それはいいだろう。
いつか場末の映画館でひっそり上映したいと思っている。そういうことで、俺が映画監督の夢を捨てるまで、延々とレビューは続くことになるだろう。
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